【国語】学生の時に私がしていた致命的な勘違いについて

勉強

 小学校で6冊、中学校で3冊、高校で3冊。夏休みの宿題「読書感想文」で、何の本を読んだか覚えていますか?

 私も毎年書いてたはずですが、覚えているのは高三の時に読んだカフカの「変身」だけです。この本を選んだ理由は「ある朝、目が覚めたら芋虫になっていた」という一文。候補リストの中で一番おもしろそうと思って選びました。

カフカ著「変身」を読んだ時の私の感想

 自分の中では、『芋虫になってしまった主人公が大冒険しながら成長していき、サナギになって、ある日サナギがパカッと開いて、さあどうなる?!』というような話を期待していました。しかし、予想に反して小説は淡々と進んで行きます。

 芋虫になった主人公は家から一歩も出ずに母親が作るご飯を食べて成長していく。ひたすら食べて寝るだけ。言いようのない不安を抱えながら頑張って読み進めました。残りページも少なくなって、いい加減飽きてきたとき、ついに芋虫は動かなくなります。

「いよいよサナギになって、さあ、何が出るかなー?!」

 クライマックスに対する期待に胸を膨らませながら読んでいくと『次の日の朝、虫は死んでました』ってなって話が終わりました。「で、オチは?」1冊読み終わった時の私の感想は6文字でした。

 これだけだと多分記憶には残らなかったんですが、後日『読書作文コンクールの金賞作』を読んだことでカフカの「変身」は深く記憶に刻み込まれました。

金賞作の著者が選んでいたのもカフカの「変身」

 金賞になった読書感想文は、『一般的には、この作品は○○と解釈されているが、自分なりに読み解いてみたいと思う。・・・この作品はカフカの思考実験で、・・・しかし、もしそうだとしたら、カフカはなんと孤独な実験をしたのだろう!』みたいな感じでした。自分の感想文とは全く別物でした。世の中には“才能”ってのがあるんや、とこのとき思いました・・・。

これで終わると挫折体験ですが、まだ続きがあります。

きっかけになったのは30歳過ぎて読んだ、鈴木信一著「800字を書く力」

 この本で書かれていたことは『“書く”=“考える”』です。

 「ある朝、目が覚めたら虫になっていた」 この文章だけでは、足りない情報が沢山あります。「ある朝って、何年何月何日?」「何時何分何秒?」「誰が虫になったん?」「何で虫になったん?」「何のために?」「どこで?」・・・この“足りない情報”はどんどん書き足されていきます。「周りを見渡すと、見慣れたソファが見えた」「だから自分の家のリビングにいると分かった」・・・

 1つ文章を書くことで、欠落している情報があることに気付く。不足する情報を足していって“自分がどう考えているか”を明確にしていく。論理的な矛盾がないか確認していく・・・。だから『“書く”=“考える”』。そして、『読む』は『書く』の反対で、著者がどのように考えて文章を足していったのかを読み取る。

 「ある朝、目が覚めたら虫になっていた」この文章だけでは、足りない情報が沢山あります。「ある朝って、何年何月何日?」「何時何分何秒?」「誰が虫になったん?」「何で虫になったん?」「何のために?」「どこで?」・・・

 その一文に対して、『著者』も「足らない」と感じて次の一文を書き足します。「周りを見渡すと、見慣れたソファが見えた」「だから自分の家のリビングにいると分かった」・・・。情報の繋がり方を通して『著者』がどのように感じたのか?を読み解いていきます。やり方は「文章」同士がどうつながっているかを論理的に判断していくこと。

 著者がどのように考えて文章を繋いでいったのかを読み取る。「800字を書く力」を読んだことで、『読書作文コンクールの金賞作』の著者が何をしていたのかがイメージできました。「文章」のつながりから『カフカが何を考えて書いていたのか』を読み解いていく。そして読み解いた内容を今度は自分が書く。「これが読書感想文か!?」と30歳になってからようやく理解できました。そして、私が学生の時に致命的な誤りを犯していたことに気づきました。

「自分中心」で読んではいけない。

 虫になったと聞いた時に「虫になったらサナギになって、そっから”何が出るか”のアイデア勝負や」と自分でストーリーを考えて、その考えが外れた時に「何なん?」「訳がわからない」「つまらない」とジャッジする。そういう読み方をしていると国語のテストでは点が取れません。

 国語の授業では「読んでみて、どう感じましたか?」と聞かれますが、この言葉には実は省略されている部分があります。「読んでみて、(著者がどのように考えてこの文章を書いたのかを読み取った上で、著者が伝えたかったことに対して)どう感じましたか?」というのが国語で、テストでは文章を読み取るところまで(著者がどのように考えて、何を伝えようとしたのかが理解できているか)を判定されます。

「著者が伝えたいことは何か?」を読み解く。

 「自分中心」ではなく「相手中心(著者が伝えたいことは何か?と考えながら読む)」で考えていく。

 最初の一文に対して、”足りない情報”が次の文で書き足される。情報が足されていって、説明に必要な情報が一通り揃ったところで文章が終わる。だから、最初の一文から順に「どういう情報が足されているのか」を追っていく。

 小学校・中学校・高校と、簡単な文章から徐々に難易度を上げていって、読解力を身につけていく。

 スタート時点での”勘違い”を解消できて「何をしたらいいか」がわかると、後は時間と労力をかければテストの点数を上げることができます。小学校の簡単な問題からやり直してみて、できたら中学校・高校と復習していく。やり方さえわかっていたら、国語は誰でもできるようになります。

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